[その他]特集

中国・潮州で見たタイ料理の源流
〜 華僑が創り上げた"タイ中華"の世界 〜

2019-03-02

本サイト「激旨!タイ食堂」の運営を始めたのが2015年6月。タイ料理に関して深い知識があったわけでもなく、食べ歩きをライフワークにしていたわけでもない私が「ローカルタイ料理店」に焦点を絞り、ひたすら取材し記事を掲載し続け、もうすぐ丸4年を迎えようとしています。
執筆した記事本数は本日時点で572本。取材軒数600店舗超。
これだけの取材を重ねていくと、タイ料理の源流ともいえる核心的なところが見えてくることもあり、そのことが今回の中国・潮州への旅に繋がりました。

大きな存在である”タイ中華”

タイ料理と一口に言えど、タイ中部料理、北タイ料理、イサーン料理、タイ南部料理などに分類され、それぞれ特有の料理であり、世界観を持っています。
一般的にタイ料理で分類されるのは上記の4つがほとんど。しかし私はそれらに加え「タイ中華」というジャンルも無視できない存在だと思っています。
「タイ中華」とは名の通り中華料理がルーツとなるタイ料理のことで、カオマンガイやクイッティアオ、カオパット(炒飯)、パックブンファイデーン(空芯菜炒め)、オースワン(牡蠣の卵炒め)、ホイトート(貝を入れたタイ風お好み焼き)、カオカームー(煮込み豚足乗せご飯)などが代表的なものです。

タイの華僑に多い潮州人

中華料理がこれほどタイで浸透したのは、タイへ渡ってきた華僑たちによる影響です。アユタヤ時代から華僑は存在していましたが、福建や広東、潮州といった中国南部からタイへ目指した華人の増加は、1800年代後半から顕著になり、1890年ごろには中華街(ヤワラート)が形成されていきます。
タイの華僑でもっとも多いのは汕頭を含む潮州出身者。次いで広東、福建、海南、客家出身の華僑が分布しています。

以前インタビュー企画に応じてくれた『ソンブーンシーフード』の現オーナー。創業者である彼の祖父は汕頭出身の華僑。

”タイ中華”とは

タイ国内で米麺のクイッティアオが広がり始めたのは、アユタヤ王朝が終わり、トンブリー王朝を建てたタクシン王(在位1767年〜1782年)の頃からだと言われています。
潮州出身の両親を持つタクシン王は、タイ国内における華人の商売を奨励したことで、潮州人を中心とした華人が中国本土より大量に移住。
移り住んだ潮州人が開く食堂には、潮州の麺料理「粿条(グオティアオ)」が置かれ、徐々にタイ人にも広がり「クイッティアオ/ก๋วยเตี๋ยว」という料理名になったという説が有力です。
タイ料理の代表格的な存在であり「タイラーメン」と呼ばれるクイッティアオですが、歴史を紐解けば潮州料理のひとつが源流になっているという。
さらに調べてみると潮州料理を起源としたタイ料理は他にもあり、冒頭でも書いたオースワンやホイトートなどもそれら。
タイの代表的な料理であるカオマンガイでさえ、中国の海南島出身の華僑が、移住先のマレーシアで郷土料理をアレンジし作ったものがオリジナルだと言われています。

本場を味わうべく潮州を目指す

インド人が日本のカレーライスを食すと、「これはジャパニーズフードだ」と言うように、他国の料理を取り込み完全に自国の料理になっていったものは日本にも少なくありません。
日本のラーメンは中国の拉麺が由来となってはいるものの、元祖拉麺の姿を残しているのは「麺」と「スープ」という組み合わせだけで、ダシに始まり麺の種類、トッピングの具材、さらにはつけ麺といった進化系の出現など、本場中国にはまったく見られない日本的アレンジが加えられ、いまや拉麺とは遠縁となってしまった感すらあります。

ではタイ中華はどうなのか。タイへ渡ってきたクイッティアオと本場潮州の粿条は、どれほどの違いがあるのだろうか。
タイのヤワラートに潮州料理レストランがありますが、タイ人の味覚に合わせていたり、使っている食材および調味料が異なっているなど、本場の潮州料理そのままが提供されてはいないでしょう。

タイ中華の礎ともいえる潮州料理を現地で食べたみたい。また、潮州という街もこの目で見てみたい。
私が抱き始めた潮州への想いは日に日に膨れ、2019年明けてすぐ。私はエアアジアFD850便のチケットを手配し、中国・汕頭市にある汕頭空港を目指すことにしました。

バンコクから汕頭、そして潮州市へ

潮州市には空港がないため、バンコクから潮州へ向かうには隣接している汕頭市の汕頭空港へ降り、そこからバスでの移動になります。
バンコクから汕頭空港までの所要時間はおよそ3時間。空港からバスに乗り1時間ほどで潮州市に入ります。

潮州のことをwikipediaで調べ、簡単にまとめてみました。
場所は広東省に属しているものの、福建省に近いこともあり、福建省南部で使われている閩南語(ミンナン語)の一種である潮州語を話す地域です。
総人口は248万人。
全市総面積3,078平方キロ。
潮州はタイ語ではテージウ(แต้จิ๋ว)といい汕頭はスワタオ(ซัวเถา)です。

潮州市は人口200万人以上と言われるだけに、片側3、4車線の大通りが走っているなど、それほど小さな規模の街ではありませんが、大通りからひょいと裏通りへ入ると昔ながらの長屋のような家並みがあったり、電動三輪自転車が客を運んでいたりと、親しみやすい雰囲気も広がっています。

1本裏通りに入ると、アジア特有の雑多な街並みに一変。

落下物が引っかかっているのではなく、洗濯物を干しているようです。

地元の人がよく利用している三輪の電動自転車。

潮州で食べた料理たち

他国を旅するときグルメ情報を仕入れる手段として使うのは、現地在住日本人のブログだったりGoogleマップでの検索が主なのですが、中国人はGoogleマップではなく「百度(BAIDO)」という中国産の地図アプリを使っていることから、Googleマップに掲載されている情報はかなり少ない。大都市であれば多少は情報を仕入れることができるのかもしれないけれど、潮州は訪れる外国人が少ないため情報もわずかしかありません。
しかも潮州情報を発信している日本語ブログなどの記事もかなり少なく、事前に店の情報などを掴むことはできませんでした。
潮州のグルメガイドブックなどあるはずもなく、今回の潮州での食べ歩きは行き当たりばったり。街を歩き回り、旨そうだと感じた店に入って食べる。それを繰り返しました。
タイ中華のルーツを探る、初めての潮州の旅。
現地に到着して1店舗目に選んだのは粿条の食堂です。

牛肉粿条『彩虹牛肉店』

潮州でまず食してみたかったのはクイッティアオの語源とも言われる粿条。タイのクイッティアオとどういう点が異なっていて、どこに共通点があるのか。
潮州での1店舗目に選んだ『彩虹牛肉店』は三種の麺から選べるようになっており、とろとろに煮込まれた牛肉や牛スジなどをトッピングして食す、こじんまりとした麺食堂です。
『彩虹牛肉店』の看板をよく見ると(分店)という記載があるので、幾店舗かを運営している麺食堂なのでしょう。店構えといい、店頭で麺をゆがくスタイルといい、麺や具材を並べているアクリル製の棚といい、クイッティアオ屋の匂いがこぼれている。
寸胴の横で牛肉の煮込みがあったのでそれを指さしてオーダーし、麺は小麦麺をチョイスしました。
煮込み牛肉入りの粿条なので、タイではクイッティアオ ヌアトゥン(ก๋วยเตี๋ยวเนื้อตุ๋น)と呼ばれるクイッティアオの原型でしょう。
小麦麺のほか米粉の麺もあり、注文時に選べるようになっています。
卓上には味噌がありこれがいぶし銀のような存在で実に旨い。卓上にあるのはこの味噌だけで、タイのように4種の調味料(唐辛子、砂糖、お酢、ナンプラー)はありません。
タイ中華を語る上でクイッティアオ屋にある卓上調味料は重要なポイントだと私は思っています。そのことについては後述します。

タイのどこにでもあるような食堂。

麺食堂とは思えないほどのメニュー数。

とろとろに煮込まれた牛すじ

スープを丼になみなみと注ぐのは潮州流か。

平麺の小麦麺を使用。

この味噌を入れることによって味が一変します。

店主の女性は言葉が全く通じなかったにもかかわらず、笑顔で撮影に応じてくれました。

 

彩虹牛肉店

旨い屋台や食堂が集まる南春路

私は潮州のホテルをAgodaで予約。現地到着後、Agodaのマップを頼りにホテルを目指したのですが、地図の場所に来てみるとホテルなんて見当たらない。ホテル名が違うとかそういうレベルではなく、地図の場所にホテルが建っていないし、周辺を見渡してもホテルらしき建築物がない。
通常、このようなときはGoogleマップを利用して検索しますが、ご存知の通り中国ではGoogleの勢力が弱く、マップに掲載されている最新情報が乏しいためお役御免。
そこで中国版のGoogleマップである「百度(Baido)」の登場です。こいつをダウンローをしホテルを検索してみると、Googleマップには載っていなかった『格林联盟酒店(Green Tree Alliance)』を発見することができました。

Googleマップには載っていない『格林联盟酒店(Green Tree Alliance)』

Agodaで『格林联盟酒店』の予約はこちら

Baidoで見る『格林联盟酒店』のマップはこちら

偶然ではありますが、私が宿泊したホテルの近くを通る南春路という細い通りには、人通りは少ないもののいくつかの屋台や食堂が営んでいます。中には賑わっている店もあり、地元の人々が集まる旨い店ストリートのようです。

汁ありの汁なしが選べる人気粿条屋台

南春路は細いうえ人通りが少なく、夜半だと男の私であっても心細くなるような雰囲気。それでもこの屋台を見つけたときは心が躍りました。店名もないこの屋台では粿条を専門としており、夜21時を過ぎた時間にも関わらず背の低いテーブル席は満席。座っているみなさん、黙々と麺を啜っておられます。
選べる麺は米の太麺と細麺、小麦麺の三種。具材は牛肉やモツなど。そしてスープ有りと無しを選ぶのですが、メニューなんてないし中国語は一切話せないので、これを伝えるのが一苦労。他の客が食べている丼を指差して、スープ有りをオーダーしました。
スープは透明感があり、あっさりしつつも存在感のある出汁で、地元民で賑わっているのも頷ける。一緒に提供される味噌がまた旨い。これをスープに溶かしつつ麺を啜り、熱々の牛モツをいただくわけです。
卓上にはお酢もあったのでこれも少々。
さっぱりとした粿条は味噌と酢で、いろんな味わいを楽しめます。

スープ有りがこれだけのレベルならば、スープ無しも食べてみたい。
この日はいろんな店をハシゴしたあとに来店したこともあり、胃袋はほぼ限界。翌日の夜、汁無しを食すためだけに再来店しました。
麺が見えないほどたっぷりかけられているのはゴマだれです。
スープ有りはあっさりでしたが、こちらはゴマだれのこってりとした粿条。これも旨い!

クイッティアオ一杯:8元

黙々と麺をゆがく若き店主。

麺は手前の三種から選べます。

名もなき屋台でもスマホ決済が浸透しているのは驚き。

クリアースープの粿条。味噌をスープに溶かすのは『彩虹牛肉店』と同じ。

卓上調味料は酢だけです。

スープ無しの粿条には濃厚なゴマタレがたっぷり。

とことん混ぜていただきます。好き嫌いに個人差がありそうですが私は好きです。

南春路で見つけた「粿汁」はクイジャップだった

逗留した『格林联盟酒店』の近くにはローカルの市場があり、朝から盛況。車やバイクに何度もクラクションを鳴らされながら、市場内を歩いたのは2日目の朝です。この市場を散策しながら、またもや南春路を目指しました。
そして見つけた1軒目。店頭に厨房を構え「粿汁」という文字を掲げています。覗き込んでみるとクイジャップと同じ麺を発見! クイジャップとは、クイッティアオに使う米麺のシートをクルクルっと巻いてスープに入れた麺料理の一種です。まさか潮州でクイジャップにも出会えるとは。

麺はタイのクイジャップと同じようですが、スープはまったく異なっています。クイジャップはクリアスープもしくは茶色いスープ。潮州の「粿汁」は白濁したスープを使っています。
ニコニコしたおばちゃん店主と中国語が話せないながらコミュニケーションをとり、一杯いただいてみることに。
白濁スープはあまり味がなく麺の茹で汁(?)のようなテイスト。タイではまったく見ないクイジャップのスープです。
煮込んだ卵や厚揚げなどを別皿に盛り、クイジャップと一緒にいただくのが潮州流のようです。店主のおばちゃん、私が注文していないのにニコニコと微笑みながら、煮込みを皿に盛ってくれたので「潮州流の食べ方を学んでいきなさい」といった優しさなんだろうと嬉々として平げたら、きっちりお会計に計上されておりました。

私が滞在した期間で「粿汁」の食堂に出会ったのはこの1軒だけでした。

麺はタイのクイジャップとまるっきり同じです。

これをクイジャップにちょこっとトッピングします。正体は分からずじまい。

どろりとした白濁のスープ。一見、お粥のようにも見えます。

こんなクイジャップを食べたのは初めてです。

タイのクイジャップとは違い、具材は麺以外ほとんど入っていません。

たくさんお話ししていただきましたが、ほとんど理解できませんでした。

カノムパックカード!糕粿食堂

南春路で1、2位の賑わいを見せていたのがこちらの屋台。老夫婦で営んでいるこの屋台では、男性が鉄板を使って食材を炒め、それらを待っている方々が周りを囲みじーっと眺めています。男性店主が黙々と炒めているのは、タイでいうカノムパックカード(ขนมผักกาด)のようです。
あまり聞きなれないカノムパックカード。パッタイ屋のメニューによくあり、小麦粉と大根で作った餅のようなものを卵などと一緒に炒めた料理です。
タイのものと異なっているのは、添えられているタレがスイートチリソースではなく塩ダレである点。私個人的には潮州流のタレが好みです。

私は二夜連続この屋台の前を通りましたが、2日とも大勢の待ち客が屋台を囲み大盛況。
長年ご夫婦が営んできた糕粿の屋台は、地元の人々の熱烈な愛によって支えられているようです。

糕粿:10元

南春路で『糕粿』の文字を見かけたら、ぜひご賞味を!

優しい手つきで盛っていきます。

大根と小麦で作った餅のような食材。

潮州B級グルメの決定版!

もはや店内とは呼べない極小スペース。

滅多に笑わない方でしたが、地元の方に話しかけられ破顔一笑。

旨い店が集まる南春路のマップ

潮州へ訪れたならぜひ足を運んで欲しい南春路。Googleマップでの地図は以下を参考にしてください。

ホイトートはこれが由来「蚝烙」

潮州では食べ歩きばかりではなく、観光スポットと呼ばれるところも訪れておきました。詳しくはのちほど紹介しますが、潮州といえばココ!というスポットは「湘子桥」。川にかかった橋なのですが、ここへ行く道中にホイトートを見かけたんです。潮州語では「蚝烙」。この店だけ人が並ぶほど賑わっていたのは、きっと有名店だからでしょう。
ということで、ちょっと寄り道をしてホイトート。
写真では分かりづらいですが、タイのものに比べるとけっこうなボリューム! 一人で食べるには少々多い。
蚝烙もスイートチリソースではなく、塩ダレのようなもので味付けをしていただきます。
小麦粉が多いためサクサク感はありますが、ふんわり感に乏しく、私はタイのホイトートに軍配をあげます。

しゃがんでスマホをいじりながら待っている客も。

空き席を待っている客がいるほど賑わっていました。

ホイトートのルーツと思われる「蚝烙」。

蚝羹はオースワン

この店でオーダーすることはありませんでしたが、写真を見たところ「蚝羹」がオースワンのよう。
「蚝」が牡蠣を意味しているようです。

潮州で訪れた観光スポット

潮州での2泊3日は「食べること」をメインテーマとして掲げておりましたが、満腹になるとどうもこうもやることがないので、腹を空かせるために観光スポットをいくつか巡りました。

牌坊街/Paifang Street

牌坊街/Paifang Street

夜になるとライトアップされます。

アーチが幾つもあり、古い町並みを活かした歩行街です。通りにはお土産や名産品が並び、また路地へ入ると渋いお茶屋があるなど、潮州屈指の観光スポットです。

湘子桥/Guangji Bridge

湘子桥/Guangji Bridge

船が連結され橋の一部になっています

前述の牌坊街を北へ進み、開元寺がある四差路を右へ。そのまま直進すると向こう岸へと渡っている「湘子桥」が見えてきます。
ここへ行く途中、先ほど紹介したホイトートの店に遭遇しました。
「湘子桥」は復古した船橋で、橋の中腹に10数隻の船が連結されている箇所があります。

開元寺(南門)

開元寺(南門)

どのような歴史的背景を持った寺院なのか分かりませんが、華人たちにとっては有名な観光スポットのようです。
寺院内は静寂があり、他国で見るような姦しい中国人には出会いませんでした。

潮州市から汕頭市へとバスで移動

潮州からバンコクへ帰るには、汕頭空港がある汕頭市へ戻らなくてはならないため、この街でも一泊過ごすことに。
汕頭市は潮州から小一時間ほど車を走らせた場所にあり、wikipediaによると人口は500万人ほど。潮州と同じ文化を持ち、以前は潮州の方が規模は大きかったそうですが、1980年代に経済開放され5大経済特区の一つになったことで、いまでは潮州を超える規模の都市になっています。
汕頭のことは事前にほとんど調べておらず、「特に何もない小さな田舎街なんだろう」程度の想像でいたので、片側4車線の大通りが走っている都市だと知り喫驚。
人口およそ500万人といえば、日本だと栃木県の宇都宮市や愛媛県の松山市、大阪府の東大阪市と同規模です。
※参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%B8%82%E3%81%AE%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E9%A0%86%E4%BD%8D

潮州発のバス乗り場。

平日だったこともありバスに乗車していたのは数名だけでした。

降車場所でもあるLotusという商業施設。

潮州から汕頭行きのバスは、バスターミナルを兼ねた『卜蜂蓮花』なる商業施設が最終地点。
ここから逗留先の『Ala Join Hotel - Shantou Jinsha Road Branch』までおよそ3kmです。

ホテルまでの道中、タクシーを捕まえて行き先を伝えるのも億劫だし、40分だったら歩いてやるかと気合いを入れ、気候の涼やかな汕頭の街を歩き始めました。

大盛況の鍋専門店『福合埕牛肉丸』

ーー『福合埕牛肉丸』。
ホテルへ通じる金砂中路なる大通りで見つけたレストランです。
ガラス窓から覗き込んでみると鍋をつついている客ばかりなので、店名も含めて察するに牛肉鍋を提供する鍋屋ではなかろうか。
「牛肉丸」という単語は潮州でも頻繁に見かけ、これは牛肉のつみれを意味しています。この牛肉つみれは潮州名物で、粿条にトッピングされているものは旨いものばかりでした。
潮州の牌坊街に並ぶ店の店頭では、若い兄ちゃんが包丁2本で牛肉を叩きまくり、つみれを作っているところを見かけたのですが、そのような実演販売があるほど潮州名産として知られたものなのでしょう。

さて鍋屋。
入店してみたものの英語メニューがあるわけでもなく、中国語を話せないものだから、たかが鍋をオーダーするだけでてんやわんや。メニューの写真を指差して意思疎通を図るものの、向こうが「●△×■○×◆!」と中国語で返してくるため、どうにも進まない。
なんとか注文を完了させて青島ビールをぐびり。あはぁ、旨い。
注文を終えてからはとにかく早い。お湯を張った鍋が置かれ、次々と皿や茶碗などが運ばれてくる。おばちゃんが一人、私のテーブルについてくれアドバイスをしてくれるのはありがたいが、やっぱり何を言っているか分からない。ポカーンとしていると、彼女は皿やら茶碗を鍋のお湯にすべて投入。なにしてくれてんねんと、これまたポカーンとしているとお湯につけた皿や茶碗はすぐさま取り出し、これにて終了。
食べる前に皿や茶碗をお湯で洗うという儀式だったようです。そんなことは調理場でやってもらいたいなぁ。

食べるまでの前置きがダラダラと長くなりましたが、店名に「牛肉丸」と冠しているだけに牛肉のつみれは素晴らしい。一口食べてのけぞりました。潮州では何店舗かでつみれをいただきましたが、私が食べた中では最高位です。
汕頭のレストランに日本人なんてほぼ来ないだろうから、よほど珍しかったのでしょう。ちょくちょく店員さんがテーブルまで来てにっこり。その中の一人の女性は片言ながら日本語を話せる方で、聞くと現在24歳。日本への留学経験もあるそうですが、子供ができた今は故郷の汕頭で働いていると言います。

汕頭ではさほど食べ歩いておらず、比較対象が少ないですが『福合埕牛肉丸』のつみれはぜひ食べてもらいたい一品です。

大通り沿いにある『福合埕牛肉丸』。

ランチタイムは過ぎていましたがほぼ満席。

スタッフのおばちゃんにほぼお任せで注文した鍋セット。

日本語が話せる彼女。自身の子供を世話しつつ働いているようです。

カノムクイチャイも潮州由来だった/无米粿

カノムクイチャイと呼ばれるタイのにらまんじゅうがあります。本サイトでは旧市街にある専門店を紹介しました。

汕頭で出会ったのはこのカノムクイチャイと同じもの。
潮州語では「无米粿」と表記され、もとはサツマイモの粉を使って生地を作っていたというお菓子だそうです。
私が无米粿を見つけたフードコートには「猪肠胀糯米」と表記された、ジュックビー(จุกบี้)に酷似したものもありました。
ジュックビーとはもち米の腸詰め。バンコクだとMRTサムヤーン駅近くの『トゥーファン プーパンピー』やエカマイにある『アルンワン』で食べることができます。
バンコクでジュックビーを置いている店はかなり少なく、私が知っている限りではこの2店舗だけです。

カノムクイチャイの由来と思われる无米粿。

上段の左から2番目に表記されている「猪肠胀糯米」がジュックビー。

汕頭のフードコートの場所

Googleマップを見てみると私が訪れたフードコートが掲載されていませんでした。
以下マップは、近くにある華僑新村路歩行街というナイトマーケットのようなストリート。この右手にある金新南路を200メートルほど北上すると通り沿いにフードコートがあり、ストリートフード系の店が10軒ほど並んでいます。

バンコクから潮州への行き方

先にも述べたように潮州には空港がないため、空路では汕頭空港を利用することになります。バンコク(ドンムアン空港)から汕頭空港(Jieyang Chaoshan International Airport)へはおよそ3時間。
汕頭空港からは定期的に出ている潮州行きのバスを利用。バスチケットは空港1階にあるチケット売り場で購入でき、片道20元です。

汕頭空港の1階にあるバスチケット売り場。

潮州行きのバスは6番乗り場。

潮州の人々が郷土料理をタイで広めるために

私は潮州へ渡る前から、ひとつの推論を持っていました。タイのクイッティアオ屋で当たり前のようにある4種の卓上調味料ですが、本場潮州にこれらはないだろうと。
潮州の粿条食堂では私の推論通り、卓上にはお酢や味噌だけを置いているだけで、唐辛子や砂糖といった調味料を見かけることは一度もありませんでした。
これはあくまでも私の憶測ですが、潮州からタイへ渡り食堂を開いた潮州華僑の人たちは、郷土料理である粿条をタイ人にも食べてもらいたく、卓上調味料を置くようになったのでしょう。
トムヤムクンのような辛い、甘い、酸っぱいといったはっきりとした味を好むタイ人には、粿条のあっさりしたスープでは物足りない。とはいえ、料理そのものを過剰に味付けしてしまえば、粿条の良さを表現するのは難しい。そこで考えたアイディアが、客それぞれに好みの味付けできるよう「4種の卓上調味料」を置き始めた、というのが私の憶測です。

オースワンやホイトートなども然り。潮州では塩味のあっさりしたタレが添えられますが、タイではスイートチリソースが定番であることも、前述と同じ憶測で考えています。

潮州からタイへ多くの人々が渡り始めた1800年代後半。潮州の街が貧しかったこともあり、多くの人々がタイなど他国への移住を決断しました。希望を持ちながらも不安定な日々を送る貧しき華僑たち。言語も文化もまったく異なるタイで彼らが生き抜くためには、自身の食文化をタイ人の味覚に合わせなければならず、そのためにこれまで持ち続けた価値観や常識といったものも見つめ直し、味の改良に励んだことでしょう。

バンコクの名もなきクイッティアオ屋に掲げられた、創業主の色褪せた写真。
あなたたちの末裔たちはバンコクのいたるところで、苦労を重ねて作り上げた味を守り続けています。

取材・文・写真/西尾康晴

※参考文献

「麺の文化史」著者:石毛直道

「タイ 謎解き町めぐり」著者:桑野淳一

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