「チェンマイに行くなら雲南ムスリム市場へぜひ行ってみてください」
BTSラチャテウィー駅近くのイサーン食堂。数名でタイ料理を囲みつつ談笑をしていると、初対面だった姉妹の2人は目を輝かせながら教えてくれました。
お2人は4traveという旅サイトででマサラとモエいうペンネームでブログを書いており、姉妹で辺境を食べしているツワモノです。
旅好きである彼女たちはタイへ訪れることも多々あり、その中でも特に北タイに魅せられ何度となく北タイへ足を運んでいるようで、日本人旅行者が到底行かないような山奥の村などに出没しているといいます。
旅魂たくましい彼女たちが私のチェンマイ行きの話を聞き、オススメしてくれたのが”雲南ムスリム市場”という場所でした。
彼女ほど北タイの地を踏んでいるわけでもないものの、チェンマイへは数度訪れたことがあったので、「チェンマイについてそこそこ詳しい」と少しは自負していたのですが、”雲南ムスリム市場”というネーミングだけでそそられるような市場を知らなかったとは…。
「この市場にはなんと納豆も売ってるんですよ! 日本の納豆のように粘り気はないですが、本物の納豆です」
この市場で見られる納豆文化はどうも雲南から下ってきたよう。チェンマイには幾つもの少数民族が住んでいることは知っていましたが、雲南出身の華僑も多く暮らしているようです。
バンコクで見る華僑は潮州、福建、広東、海南といった出身地がほとんどで、これまで雲南系華僑とは一人も出会ったことがなく、中華街ヤワラートであっても雲南料理店すら見たことがありません。
ひょっとしたらチェンマイで、これまで食したことも見たこともない雲南系のタイ中華に出合えるかもしれない。
私が今回チェンマイへ行くことを決めたいくつかの理由の1つが、北タイの名物料理カオソーイの食べ巡りでした。名店と謳われるカオソーイを飽くまで食べてやろうと鼻息荒く意気込んでいましたが、雲南系タイ中華というこれまでランク外だったジャンルが急上昇してきたことで、チェンマイでのミッションがより彩りを増しました。
目次
チェンマイの雲南ムスリム市場とは
旧市街ターペー門から東に伸びているターペー通りを数百メートル東進すると、ピン川の手前を南に下ったあたりに雲南ムスリム市場が広がっています。
この市場は毎日開催されているわけではなく、開かれているのは毎週金曜日の午前だけ。金曜日が選ばれているのは、ムスリムの礼拝では金曜日がもっとも神聖視されているためで、事実、雲南ムスリム市場と対峙して建つモスク『バーンホーモスク(มัสยิดอิสลามบ้านฮ่อ)』には、金曜日の集合礼拝には1日で男女、大人から子供も含めて200人から300人の参加者が集っているといいます。
1週間でもっともムスリム信者が集まる金曜日に、モスクの目の前で、同じムスリムたちが市場を開くようになったのは自然の流れでしょう。
雲南ムスリム市場の正式名称は『ガードバーンホー/กาดบ้านฮ่อ』。ガード(กาด)は市場を、バーン(บ้าน)は家、ホー(นฮ่อ)は雲南から移住した華人たちを意味しているタイ語です。
つまりここはもともと、雲南系ムスリムたちによる、雲南系ムスリムたちに向けた開かれた市場。
他にもあるようなタイの市場と比べると、並べられている食材や調味料などが明らかに異なっていることに気づきます。
旨いものが集積!雲南ムスリム市場で異世界食べ歩き
市場を巡っていると襲われる”つまみ食い衝動”に身を委ね、食いたいと思ったものは次々と手に入れ、食べ歩きました。
まず1品目は、トウモロコシを使ったパンケーキのようなもので、鉄鍋に乗せられ高温の油で揚げられているカオポートトート(ข้าวโพดทอด)。
「中国名もあるわよ」
と女性が言い中国名も教えてくれましたが、一文字残らず失念しました。
一口頬張るとコーンの香りがふわっと広がり、うまい。
網の上でちりちりと焼かれている、得体の知れない薄黒い物体はといえばお餅です。焼き立ててで香ばしく、もちもちとした食感にうっとり。
目当てにしていた納豆ですが、なかなか見つけることができず、市場の人間に写真を見せつつ捜索していたところ、市場を2周ほどしてお店を発見。事前に聞いていたのは葉に包んだものでしたが、すでに売り切れていたと言われたので、袋に詰められた納豆を購入しました。
こちらは味付けをしたもののようで、一袋20バーツ。
その場では食べられなかったためホテルへ戻ってからいただくと、確かに粘りはないけれど、納豆そのものでした。
買い食いしながら市場を歩いていると、活況を呈している麺屋を目の当たりにし立ち止まりました。
次から次へと来店する客をさばくため、女性スタッフは麺を茹でては丼に入れていく。私が聞くと「クイッティアオだよ」と教えてくれましたが、一般的なクイッティアオとは異なっています。麺は数種あり、海南麺のような米麺とバミー麺など。
スープ有りと無しの2つがあるので、米麺とバミー麺の2皿をオーダー。
スープは半透明をしたあっさり味、ひき肉やトマトのみじん切り、ネギなどがトッピングされています。
「卓上のパカドーン(漬物)をお好みで盛りな」
そう教えてくれたのは、スタッフのおっちゃん。
言われるがままパカドーンをどさりと盛って啜ると、うまいコレ!
スープ無しのバミー麺はトッピングのパクチーで彩られ、底へと箸を突っ込み攪拌。そして一気に啜る。
コレもうまい。
明らかにクイッティアオではないこの麺料理、名称が分からずじまいでしたが、雲南ムスリム市場では必食です。
雲南ムスリム市場の入り口で見つけた謎の麺料理カオフン
市場を徘徊しながら買い食いし麺を2皿も平らげたなら、中年男性の胃袋はさすがに容量オーバー。膨れた腹をさすりつつ市場を出たところで、見てはならぬ屋台に出会ってしまいました。
市場の壁にぺたりと貼り付くように出店している麺屋台、麺にかけているスープが尋常ではない。ドロドロ感が半端なく『天下一品』のこってりスープすら可愛く映るほどドロリとしている。
スープと呼ぶのも躊躇われる、液体と固体の瀬戸際のような異様なねっとり感。
腹はしっかり膨れているけれど、これを食さねばバンコクへ戻れまい!
カオフンはメニューに掲載されているように2種類あり、ひとつは温かいスープのカオフンローン(ข้าวฟืน)。そして冷たい状態で提供されるカオフンイェン(ข้าวเย็น)。
私が衝撃を受けたドロドロスープは温かいカオフンのカオフンローンです。
どうせならばと、カオフンローンとカオフンイェンの2つをオーダー。ドロドロスープの中には麺があり、持ち上げてみると”麺にスープが絡みつく”といった表現では物足らず、”スープが麺を抱擁”している。
まったく味の想像ができないまま、熱々かつドロドロのスープを一口。どろりとしている割に味のインパクトはなく、見た目”こってり”なのに味は”あっさり”という異次元テイスト。
調味料がかけられているものの、物足りないと感じれば卓上調味料をぶっかけて食すようです。
カオフンイェンは、熱々のスープを冷まして固めた物体が”麺”のような役割を果たしており、調味料で味を整えがっつりと混ぜていただきます。
麺料理”カオフン”とは何なのか…
「カオフンはもともとタイヤイ族の料理です」
カオフンについて知りたく辺境姉妹のモエさんに質問したところ、「私もカオフン大好きです」という言葉とともに教示してくれました。
タイヤイ族は北タイに分布している少数民族。彼らはもともとミャンマーのシャン族が出自で、タイに入ってきたシャン族をタイヤイ族と名付けられた民族です。
シャン族の出自は雲南省だと言われているので、カオフンは雲南料理が原型といえるでしょう。
事実、雲南地方にはカオフンと同じ料理があるといいます。
現地では涼粉(Liang fen)と呼ばれ、雲南省の騰衝が発祥なのだとか。
チェンマイを含む北タイで食されているカオフンは、雲南省からミャンマー、北タイというルートを辿ったことになります。
余談ですが、モエさんいわくミャンマーのインレー湖近くでもカオフンを作っている村があるそうです。
カオフンのあの”ドロドロ”したスープの原材料は、えんどう豆や緑豆など豆が使われています。ちなみに私が食した市場前の店では、ミャンマー産のさやえんどう(トゥアランタオパマー/ถั่วลันเตา พม่า)を使っていると店主が話してくれました。
【SHOP DATA】
「ラーン カオフン トゥアサリマ(ร้านข้าวฟืน ถั่วซารีมะส์)」
TEL:063-536-5016
OPEN:07:00-12:00(月曜日休み)
※ラマダンの時期は不定休なのでご注意を。
PRICE:カオフン30B(並) 40B(大盛り)
チェンマイで訪れた雲南料理店① 旧市街地『ミットマイ』
雲南華僑のほとんどが北タイに根付いているか、バンコクではヤワラートでもほとんど見ることがない雲南料理店。チェンマイで見つけた2店舗に訪れてみました。
まずは旧市街地にある『ミットマイ』。
立地場所柄、外国人旅行者が多いためかメニューには写真とともに英語も表記されており、未知なる雲南料理を注文することもそれほど難しくありません。
ガイトゥンヤージンモーファイ(ガイムアンカーオ)ไก่ตุ๋นยาจีนหม้อดิน(ไก่เมืองขาว)
鍋料理にめっぽう弱い私は、メニューを見るやすぐさまこの料理に食いつきました。
鶏を煮込み中国の薬膳を入れたスープです。
カッコ内の「ガイムアンカーオ」とは、”白い地元の鶏”という意味なのだそう。黒い鶏を使うと「ガイムアンダム」。
ここからはタイ語に関しての余談です。
「地元」というタイ語は通常だと「プンムアン/พื้นเมือง」と表記されるのですが、この店では北タイ独特の言葉遣いなのか、プンが省略されムアンだけの表記になっているようです。
クゥアトゥアナオソンクルアン/คั่วถั่วเน่าทรงเครื่อง
細かく挽いた納豆にひき肉を加えた炒めた一皿。タイ語で納豆は「トゥアナオ/ถั่วเน่า」。
さすが雲南料理。納豆を使った炒め物があるとは素晴らしい。
かなり塩辛く味付けされているので、ご飯やビールのお供としていい仕事をしてくれます。
私は納豆が好きなので個人的には勧めますが、クセがあるため万人向けではないかも。
ミーパットハムユンナン/หมี่ผัดแฮมยูนนาน
雲南炒め麺、とでも訳せば最適か。かなり薄味に仕上げられているため、雲南ハムの塩気が際立っています。
もうちょい味が欲しいところですが、卓上に調味料がないことを鑑みると、雲南華僑は味を加えずこのままいただくのかしら。
マントートー(マンサウィラ)/หมั่นโถวทอด (มังสวิรัติ)
表面をパリッと仕上げたパン。
料理名の最後に表記されている「マンサウィラ」とは、ベジタリアンという意味のタイ語です。
雲南の方々は、こういったおかずとともにこのパンを食べるのか。
創業者は雲南省の昆明から来た華僑
「この店は私の父が創業し、60年ほどが経っています」
話を聞かせてくれたのは現オーナーの女性です。
1940年代半ばから1950年前後にかけて、中国全土では国共内戦による政情不安が続き、さらに1949年に誕生した中国共産党政権への恐怖などを理由に、雲南からミャンマーへ脱出がする華人が後を絶たなかった時期でした。
彼女の父親も昆明からミャンマーへ抜け、最後にチェンマイへたどり着いたと言います。
国民党と共産党との内戦で荒れた中国を命からがら脱出し、終のすみかとして選んだチェンマイ。彼が作り上げた『ミットマイ』は現在、娘さんが切り盛りしています。
そんな彼女がお店の料理について語った言葉です。
「『ミットマイ』で出す料理は、出来るだけ本場昆明の味に近づけるよう努めているんです」
【SHOP DATA】
「ミットマイ/雲南新友飯店(ร้านมิตรใหม่)」
TEL:053 275 033
OPEN: 10:00-24:00(無休)
チェンマイで訪れた雲南料理店③ チャンプアック通り『ジンユンナン チャンプアック』
タイ語の店名に『ジンユンナン(中国雲南)』と冠し、雲南料理店であることが一目で分かる食堂。バスターミナルそばに建っているこちらのお店も、現女性オーナーは2代目だと言います。
「うちは創業して20年以上は経っています。父親は兵隊だったらしいんだけど、中国から逃げるためにミャンマーに入ったそうです。その後タイへ入り、タイの兵隊を助けたことでタイ在住を認められたと話していました」
『ミットマイ』の創業主と似た経緯を持っているのは、それだけ雲南地方からの華人が多いこと表しているのでしょう。彼らの中にはミャンマーへ住み着いた者もいれば、北タイへ入り、国境近くの山岳や、メーサイやチェンライ、チェンマイに棲家を持った雲南系華人も少なくありません。
『ジンユンナン チャンプアック』ではさまざまな雲南料理を揃えるなか、カオフンもあります。こちらでは温かいカオフンのカオフンローンと、牛肉のクイッティアオをオーダー。
カオフンにはカノムジーン(米麺)が、豆製のどろっどろソースに埋もれています。
牛肉のクイッティアオは「クイッティアオ ヌアプアイ(ก๋วยเตี๋ยวเนื้อเปื่อย)はあっさりとしたスープで、バンコクでは味わったことのないクイッティアオです。
【SHOP DATA】
「ジンユナン チャンプアック(ร้านอาหารจีนยูนนานช้างเผือก)」
TEL:053-224-945
OPEN:07:30-18:00
バンコクでカオフンが食べられる店
第二次世界大戦から国共内戦と、不安定な政情に巻き込まれた雲南系華人が当時のビルマへと身を移し、そして北タイまで南下した華人がいたのは先に述べた通り。
そのような歴史的経緯から、北タイには雲南料理店が点在することになるのですが、バンコクではヤワラート(中華街)であっても雲南料理店に出会ったことは一度もない。新興中華街として知られたホイクワンの一角にはぽつぽつとあるようですが、華僑の中ではかなりの少数派です。
では、バンコクならばカオフンはどこで食べられるのか。
調べた結果、以前私が取材した北タイ料理食堂でカオフンがあったんです。取材時にはカオフンの存在を知らなかったこともあり、全くのノーマーク。
雲南から持ち込まれたカオフンを置くのは、創業して20年以上という『ラーンバイブア』です。
2017年5月に取材した以来、2年ぶりの来店。昼を過ぎた時間に来店したものの、客席のほとんどが埋まっているほどの活況ぶり。
『ラーンバイブア』のカオフンはチェンマイでのそれとは違い、キャベツやもやしがどっさりと盛られている。
カオフン自体の原料となる豆も、チェンマイのものとは違った豆を使っているのか若干白っぽい。
ドロドロ感が濃く、味付けに使われている調味料の辛味が効いています。
タイ人でも知らないカオフンを、この店で食す者はさほど多くないはず。それでも『ラーンバイブア』がカオフンをメニューに置くのは、彼らが”雲南”にルーツを持っているからなのかもしれません。
食後、スタッフに許可を得て店の外観を撮影しているとき、隣接している店の看板に掲げられた文字に目が止まりました。
店名に『首都小吃』とあり、その下には「雲南」の文字が。
慌てて店の前まで駆け寄りメニューとして貼られた紙に目をやると、カオフンの中国名である「涼粉」とある!
スタッフに聞くと、この店は雲南料理のレストランだと言う。
中国語で書かれたメニューが貼られているので、『首都小吃』は雲南系華僑が開いた店であることは間違いないでしょう。
バンコクに住む華僑の多くは潮州や広東、福建を出自を持つ者たちで、古くはアユタヤ時代から王族とも関わりを持ち、彼らの末裔の中にはCPなどの財閥を作り上げ、タイ経済や文化に深い影響を与えた者も少なくありません。
そういった華僑とは一線を画し、戦争と内戦に翻弄され、北タイまで陸路で南下した雲南系華人たち。
タイ料理を通じ、そんな彼らの歴史を垣間見ることができたのは、今回のチェンマイで得ることができた大きな収穫でした。
取材・撮影・文/西尾 康晴(https://twitter.com/nishioyasuharu)
参考文献:越境を生きる雲南系ムスリム(王柳蘭 著)