丸い木製のまな板に一羽の鶏を乗せ、手慣れた包丁さばきで鶏肉を切り分けるご主人は、写真を撮る私にこう言いました。
「4月のソンクラーンに、うちの嫁と日本に行くんだ。秋田県っていうところなんだけど知っているかい?」
シーロム通りから南に伸びるサラデーン通り。
この通り沿いに小さく屋台を構える『カオマンガイ マハーバンディット』は、創業して30年以上になるといいます。
営んでいるのは初老のご夫婦。
昼どきは周辺で働く人々が訪れ、細い通路に並べられたテーブル席に空席はなくなり、カオマンガイを味わう姿で満たされます。
メニューにあるのはカオマンガイと、豚肉やレバーなどの臓物が入ったスープのガオラオのみ。
ご主人がさばく鶏肉は、彼の性格が表れているのか丁寧かつ几帳面に盛り付けられ、その美しさに見とれてしまう完成度です。
一皿40バーツとはいえ、ご主人の哲学や料理人としての矜持が込められたカオマンガイ。
付けダレのナムチムはあっさりしたもので、鶏肉やカオマン(ご飯)の味わいを引き立てる、脇役としての立場を守っています。
Wongnaiなどのグルメサイトでは取り上げられたことはないかもしれませんが、ここのカオマンガイは素晴らしい。
「毎日、朝2時から仕込んで6時にはここへ来ているよ」
未明の2時から仕込みを始め、客を迎えるのは7時。
夕刻17時まで店を開けているので、ご夫婦が働いているのは毎日15時間に及びます。
奥さんはときおりテーブル席に腰を下ろしていることもありますが、驚かされたのはご主人の姿。
齢68歳というのに、昼食時間帯を過ぎ客の姿がまばらになっても、まったく座る姿を見せることなく、ずっと立ちっぱなし!
手が空けば鶏肉をさばき、ガオラオのスープを覗き見る。
30年以上、屋台の料理人として働き続けた足腰だからこそ可能なのでしょう。
客が引いた隙を見て食事を始めていた奥さんは、ぺろりとカオマンガイを平らげ、ポケットから取り出したとある物を私に見せてくれました。
アイフォンです!
素早く画面をスワイプするところを見ると、アイフォンの使用にかなり手慣れておられる。
「これ、うちの子供たち。息子は38歳。娘は2人とも30歳なの」
ご家族で観光へ行ったときの写真がおさめられていました。
ん? 娘2人とも30歳?
「双子なのよ」
よく見ると確かに顔が瓜二つ!
娘さんのお写真は紹介できませんが、お2人もお美しい。
聞くと、美麗なお2人だというのに、まだシングルなのだとか。
ぜひともご紹介していただきたい…。
3人の子供たちが巣立ったいま、ご夫婦だけの旅を企画したと言います。
4月のソンクラーン休暇を利用し、初となる日本への旅行を実現するそうです。
4月の秋田県はまだ寒さが残っているでしょう。
「少し寒いの? 大丈夫よ。私は寒いのが好きだから!」
笑いながらご主人の横顔を見つめる、奥さんの表情が実に愛らしい。
30年以上寄り添い、屋台を営んできたお2人の絆は、私などが想像に及ばないほど深く、固いものに違いない。
そのことは、最後に撮影させてもらった写真に表れていると思います。
【SHOP DATA】
「カオマンガイ マハーバンディット(ข้าวมันไก่มหาบัณฑิต)」
TEL:090-979-6591
OPEN:7:00-17:00(日曜日休み)
PRICE:カオマンガイ40B、ガオラオ40B
MAP: